とくに何もない日々
いつの間にかゴールデンウイークだった。
3月末から有給を取り、地元に戻ってくるやいなやの非常事態宣言である。
仕事はテレワークに切り替わり、出勤の必要なしという判断が下された。閉鎖されかねない都内に戻る気にもならず、実家で過ごしていると、段々と仕事が減り、実質休業状態に突入してしまった。
暇を持て余している私を見かねた母から、父の書斎を片付けるように命じられた。
昨年の秋に亡くなった父は、自宅の四畳半をフローリングに改装、作り付けの天井まである本棚と洒落た木の机を入れて書斎として使っていた。 読書家だった父は、いつでも本を傍らにおいていた。家族で海水浴に行った時も、海の家に文庫本を持ち込むような人だったことを覚えている。
「お邪魔しますよ」
すでにいない部屋の主に断りを入れて書斎に入る。
壁一面を占める本棚に億劫な気持ちがもたげる。この本を整理するには何日かかるだろうか。大まかにジャンル分けされているが、天文や地理、物理学、数学から、経済や法律、果ては漢字やことわざの本まで節操なく刺さっていた。父は創作されたストーリーのある本を好んでいなかったようで小説の類はない。私には、絵本や児童書などから始まり文学作品やライトノベルなど何でも自由に読ませてくれたが、父の本棚に小説が入ることはついになかったと思う。
指先で本の背表紙をなぞっていると、一冊のタイトルに私の指が止まった。
『星の王子さま』(サン=テグジュペリ)
小説や物語を排した本棚で異質な存在感。ちょうど目の高さにある星の王子さまを本棚から引き抜きページをめくり始めると、すぐに違和感に気付いた。
(何か挟んである)
私の名前が書かれた小さな封筒だった。父からの手紙だろうか。 封筒の中身は「クロスワードパズル」だった。
封筒の裏面には父の名前が書いてある。間違いなく父が私に宛てたものだ。
「また、手の込んだことを…」
父の机を借りて、解いてみることにした。